三池藏

20歳以上が確認できないお客様にはお酒の販売をいたしません。

販売場の名称及び所在地 三池藏 福岡県大牟田市大字 三池947
酒類販売管理者 江頭勇次
酒類販売管理研修受講年月日 2021年7月8日
次回研修の受講期限 2024年7月7日
研修実施団体名 大牟田小売酒販組合

江頭酒造合資会社・三池蔵(みいけくら) 天保元年より現在地に麹の製造販売業(屋号・麹屋)を開始し味噌醤油の製造を行っていたが、明治30年清酒製造業の江頭酒造合資会社を創業する。 熟成した旨味のある地酒を販売し特に長期貯蔵酒に力を入れて秘蔵古酒旭盛10年や秘蔵20年古酒・30年古酒「すごく逢いたい」は全国的にも数少ないお酒である。 酒名は明治30年創業以来現在まで継承されている旭盛を始め地元の伝説より大蛇山、三池、百薬の長がある。 手印焼酎として「うまか焼酎三池」「大蛇山麦焼酎」 「芋焼酎赤大蛇山」が大好評です。 大蛇山の銘柄は江頭酒造の登録商標です。・・・・・・・・ 「事業概要」 天保元年現在地に「麹屋」を創業。 明治30年清酒製造業を創業し酒名を旭盛とする。 昭和8年会社設立 昭和45年より古酒貯蔵開始。 昭和51年全酒類販売免許取得(卸売業開始) 昭和56年地酒専門店アサヒモリ開店。 平成2年リカーショップみいけ開店。 平成14年より三池蔵(みいけくら)開店 現在、地酒・焼酎・三池藏として営業中。 【販売場の名称及び所在地】  三池藏 福岡県大牟田市大字三池947 【酒類販売管理者の氏名】江頭勇次 【酒類販売管理研修受講年月日】2024/07/18 【次回研修の受講期限】2027/07/17 【研修実施団体名】大牟田小売酒販組合  当店取り扱い商品の販売元は三池藏 です。 また商品の販売等に伴う権利・義務は三池藏とお客様との間で発生します。 三池藏では、未成年者に酒類の販売は致しておりません。お酒は20歳になってから。飲酒運転は法律で禁止されています。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  「大蛇山伝説」 ・・・ 三池地方に昔から伝わる大蛇山伝説と三池の地名にまつわる伝説は次の様なものです。 昔々、三毛の地に三毛中納言師親の娘で、それはそれは美しい「玉姫」という姫君が「ツガニ」を大層可愛がっていました。 年が流れて姫が、十八歳の春を迎えた時に、三毛の地に不幸をもたらしていた山奥の「大蛇」を鎮めるために、人身御供として、さしだされる事になりました。 そして世にも恐ろしい大蛇に、今にも飲み込まれそうになった時に、巨大なツガニが現れ、大蛇を頭・胴・尾と三つに断ち切りました。 その時より山には三つの池が出来たとか。 以来この地は三池といわれる様になりました。 現在も三池山の中腹には、水の枯れることがない三つの池があります。 今日まで「大蛇山」は祇園祭の神事として伝えられています。   江戸時代初め頃の三池(三毛)地方は、荒地が多く農産品の収穫は不安定、さらに疫病もはやり、時の領主により悪病よけと 雨乞いへの強い祈願が込められ、祭神を悪病よけや農業の神とする「祇園」のお宮が造られました。 三池祇園の大蛇山は、古くからの水神信仰と三池藩の立花氏により導入された祇園信仰の二つの要素(どちらも農業に関係する神様である)により、やがて祇園の祭りに大蛇が取り入れられ「大蛇山」の形が出来たと言われています。 大牟田市には、祇園神社が六つあり「祇園六山」と言われ、それぞれに大蛇山を祭礼行事として行っています。 その歴史やしきたりは神社で異なり「大蛇の顔や色」「ホラ貝の吹き方」「楽と囃し」「かけ声」「山の引き方」など、それぞれの特徴がある。 「かませ」ー大蛇の口に子供をかませると、その年は無病息災で子供が泣くほど御利益があると伝えられている。 「山崩し・目玉取り」ー祇園大蛇山祭の最後を飾る行事として勇壮な大蛇山の山崩しと目玉の争奪戦がある。勇壮な大蛇山祭は大牟田の夏祭りとして定着しています。 大蛇山の歴史は記録によると、1852年(嘉永5年)三池祇園のお祭りで、30人が山をひき、製作には竹、角縄、煙硝,、硫黄が使われていて、これが原型のようですが、始まりはお宮建造の1640年以降、1791年の間と考えられます。祇園の祭りとしては珍しく、この地方独特の祭礼行事が大蛇山祭りだと言えます。 大蛇山祭は、はるかな時を重ねて、古いしきたりと伝統の技術で受け継がれてきたお祭りです。 竹材で作った枠に何重にも和紙を張り合わせて作るという、金具を使わない昔ながらの製法が今も守り続けられていて、 同じ山車はふたつとありません。 大蛇山は、長さ約10メートル、高さ5メートル、重さが最大3トンにもなり、木製の山車に和紙、竹、わら等を組み合わせ、頭・胴体・しっぽをつくり、大蛇のように飾りつけがなされます。(大蛇山写真参照) 毎年、それぞれに創意・工夫で意匠を凝らし、より迫力ある大蛇山を作るために努力が重ねられているのです。 三池には新町(旧三池藩)と本町(旧柳川藩)の祇園があり、大蛇山祭りで張り合ったようです。   明治4年頃、現在の本町5丁目の祇園で、三池祇園の大蛇山に習い作り始め、大牟田の各区に広がり六山になりました。 現在、大牟田では十数山の大蛇山が作製されています。 以前は、祭りが終わった後、勇壮に大蛇山の取り崩しと目玉争奪戦が繰り広げられ、大蛇の左目を奪い合いました。 人々は壊れた大蛇の破片を軒先に飾り無病息災・家内安全のお守りにしました。 戦後禁止となり、現在では安全に配慮して、一部の地域において子供たちによる目玉とりがとり行われています。 また、伝統的な行事に「かませ」があり、大蛇の大きな歯に、子どもを噛んでもらうと、その子の1年の無病息災が約束されると伝えられています。 幼子を大蛇の口ににかませ健康を祈ります。  三池地方に伝わる「ツガネと大蛇の物語」は、水神信仰が古くからあったと思われます。 蛇や龍を水の神の象徴とする水神信仰、祭神を悪病よけや農業の神とする「祇園」、農業に関係するこれらの信仰が絡み合い、祇園のお祭りに大蛇が取り入れられ「大蛇山」ができたと考えられます。 毎年・大牟田大蛇山祭は、7月の第3(土)~(日)に行われます。 三池祇園宮(みいけぎおんぐう)(本町) 大蛇山の始まりは三池祇園宮の建造の1640年以降、1791年の間と考えられます。 祇園の祭りとしては珍しく、この地方独特の祭礼行事だと言えます。 三池本町の山車は、重厚な造りで、豪華絢爛な雲龍の彫刻と朱色に塗られた山車が特徴で、 柳川藩藩主から島原の乱の軍功のご祝儀として贈られたと伝えられています。 伝統的な手法で作られる大蛇とこの山車との組み合わせは、大蛇山発祥の地の誇りである。 三池新町弥剱神社(やつるぎじんじゃ) 三池新町の大蛇山は昇天龍や金の蹄を持った謎の動物など見事な彫刻が施された山車と意匠を凝らした大蛇が特徴です。 現在の山車は嘉永5年(1852年)三池藩主から下賜されたもので、160年を越える歴史がある。 この山車は、地元では御前山の愛称で親しまれいる。大蛇山を語り継ぐ上で、三池新町弥剱神社の大蛇山は外せない。 三池祇園宮のオスに対してメスの大蛇と云われている。 三池には新町(旧三池藩)と本町(旧柳川藩)の祇園があり、祭りで張り合ったようです。 地酒・焼酎・大蛇山・三池蔵・江頭酒造合資会社では、 大蛇山の酒、焼酎を販売しています。

カテゴリで絞り込む

  1. HOME
  2. 三池藏